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「みことばの宅配便」 Daily Manna
あなたの御言葉は、わたしの道の光 わたしの歩みを照らす灯。詩篇119:105
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「メシア到来」
:≪今日の聖句≫ゼカリヤ9:9
「娘シオンよ、大いに踊れ。娘エルサレムよ、歓呼の声をあげよ。見よ、あなたの王が来る。彼は神に従い、勝利を与えられた者/高ぶることなく、ろばに乗って来る/雌ろばの子であるろばに乗って。」
*ゼカリヤは主からのメシアの到来を告げる。彼のメシア像は独特のメシア像であった。ダビデの子孫から来る王ではあるが、しかし、戦いの勇士としてではなく、平和の君として、人々に謙遜の形を示す王として神から遣わされる方である。
*そのような預言は現代的感覚からは幻想のように響くやもしれないが、今はその現代的感覚自体が反省される時代に突入している。聖書の言葉は古臭い?時代遅れ?あの奇跡物語は何か?とうてい信じがたいではないか。そう思って自分たちの理解の及ばない聖書の箇所を退けてきた近代啓蒙主義だが、その考えが育てた魂が如何に未熟だったかは、今日のあらゆる方面での行き詰まり、成るようにしか成らない、行き着くところまで行く以外にない、との変革放棄の絶望する魂が実証している。
*聖書の言葉は現在から2000年から3000年前に人の心に思い浮かび、大事なものとして書き記され、その中でも特に残されるべき言葉として残されたものである。人類の霊的遺産はみな、ほぼ当時の言葉によって形成されている。今日の我々の思考を支配している考えは実はその当時の人々の心に浮かんだものである。しかしそれが啓蒙主義的理性万能の超・宣伝に乗せられて、これまでとは異なる考えが入り込み、それが独自の進化を遂げ、これまでの考えとの間に統一・一致が見られない結果、現在の混沌状態がもたらされている。
*人間の魂への信実の呼び声・魂が信頼し依り頼むべき平和の思いの上にこそ、その他の功利的知恵・知識は有効に作用する。中心にあるべきは、主と仰ぐべき御方への変わらぬ信頼である。ゼカリヤが伝えようとしたのはそのようなメシアであった。「彼は神に従い、勝利を与えられた者/高ぶることなく、ろばに乗って来る/雌ろばの子であるろばに乗って」。その信実の呼び声は今もなお、永遠に有効である。歓呼して迎えるべき方・中心に座する方がやって来られる。そのような魂の玉座に座す姿を見失ったら、人間は単なる実利的民・刹那的な動物的存在と成り下がってしまう。その実例・好例として、憲法9条、平和憲法を廃棄したい人々は、今の刹那的繁栄、権力者たる自分自身の利益しか考えていない。後は野となれ山となれとの態度である。 |
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◇「みことばの宅配便」は、御国への巡礼を共に歩む神の民に
主日聖句から日ごとの糧を分かつ祭司の務めとして発行されています。
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