「みことばの宅配便」 Daily Manna

あなたの御言葉は、わたしの道の光 わたしの歩みを照らす灯。詩篇119:105

2014年06月27日
「弟子は師のように」

:≪今日の聖句≫10:25
「弟子は師のように、僕は主人のようになれば、それで十分である。」

*師弟関係にも色々ある。仏教的師弟関係とキリスト教は異なる。私たちは日本文化の中で仏教的師弟関係では師弟は互いに個のままである。尊敬はあっても、交流における一体化はない。

*弟子は天才と対比される。近代以降の人間は、どうしても「天才」的思考になってしまい、弟子としての歩みが出来ない。従うと言いつつも、自分流、「天才流」の従い方を貫こうとして、導きに委ねない。

*キリスト教においては師弟関係は一体であり、弟子は師と苦難と栄光、死と復活の両方において一つにされる。キリスト教的生活が送れるようになるためには、師に従う道をキリストとの一体性において具体的に歩むことがなければ達成できない。この一寸先の分からない山谷の人生において、師に従うことを何が保証してくれるか。私の中で主となられる聖霊の導きに従う以外に現実的道はない。祈りの交わりにおいて、聖霊は私たちを導いてくださる。それが初代教会における聖霊の臨在の経験であった。

*ボンヘッファーは交わり(コミュニオン)の一致の最深奥は「十字架への突破」だと言う。『交わりの生活』の「十字架への突破」の項の中で、「主イエス・キリストは、犯罪者として、私たちのために十字架につけられることを恥とされなかった」と語り、ボンヘッファーが加担しようとしていた反逆罪の「犯罪者」の道への確信を十字架の交わりにおいて確信したのだと思う。師と同じようになる深い一致の道に導かれたことに深い慰めを得て、「犯罪者の道」も吹っ切れたにちがいない。

◇「みことばの宅配便」は、御国への巡礼を共に歩む神の民に
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