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「みことばの宅配便」 Daily Manna
あなたの御言葉は、わたしの道の光 わたしの歩みを照らす灯。詩篇119:105
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「キリストの陰府降下」
:≪第二日課≫1ペトロ3:13-22(新432) *≪今日の聖句≫1ペトロ3:19
「霊においてキリストは、捕らわれていた霊たちのところへ行って宣教されました。」
*キリストの救いの業は「全ての人々」、さらに、「今生きている人」だけでなく「既に死んでいる人」にも、さらにもっと広がって、「被造物全体」のためであることを知らなければならない。だからもちろん、自分の救いだけではない。すべての人々・すべてのものが救われる時まで私たちは神と共に進んで行く。
*しかし今日、この全体の救いへの関心が我々の視野から抜け落ち、多くの人々が希望を失っている。世界の1%の支配層の利益のため、その他の人々は道具として利用されるばかりの世界となってしまった。その中で庶民も奴隷根性からわずかな自分の財産を何とか守ろうと自己利益を追求する社会となり、社会全体が個人と個人を競争させ、強い者と弱い者を選別する社会となっている。それは、神の国に逆らう悪の支配の現実である。悪が世を覆い、人々は生きる希望を失い、未来に悲観し、今の自分だけを生きようとしている。全体のための善(共通善)を追求する信仰を失っている。
*キリストはその邪悪な世の只中に御父から派遣され、全てを救い上げるために来られた。それ故、主は十字架の生涯を終えたのち、なお未完成の救い、死んだ者たちの救いのために、地の底で苦しむ霊たちのところまで降られた。「霊においてキリストは、捕らわれていた霊たちのところへ行って宣教されました。」「キリストの陰府降下」と呼ばれる。
*この霊についてペトロは言っている。「この霊たちは、ノアの時代に箱舟が作られていた間、神が忍耐して待っておられたのに従わなかった者です。この箱舟に乗り込んだ数人、すなわち八人だけが水の中を通って救われました。」 全世界の民のほとんどがこの霊に属することになる。生きている間に救われる者はほんの一握りであり、後の人々は死後、煉獄での苦しみに至る運命を経て、キリストの救いに与かる。苦難の量は皆、一緒、ということであろうか。人間の救いを巡る闘いの峻厳さと、主の憐れみの壮大さを見る。今度、6月13日に全国公開される『ノア』という映画が楽しみである。 |
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◇「みことばの宅配便」は、御国への巡礼を共に歩む神の民に
主日聖句から日ごとの糧を分かつ祭司の務めとして発行されています。
月曜日:≪第一日課≫、火曜日:≪賛美頌≫、水曜日:≪ニケヤ信条解説≫、木曜日:
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