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「みことばの宅配便」 Daily Manna
あなたの御言葉は、わたしの道の光 わたしの歩みを照らす灯。詩篇119:105
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「復活の朝の出来事」
:≪福音書日課≫マタイ28:1-10(新59) ≪今日の聖句≫マタイ28:7
「あの方は死者の中から復活された。そして、あなたがたより先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる。」
*神は人間にとって「知られざる方」である。マリアにとっても!。なにしろ「天使たち」が伝えたものだから。「知られざる方」を知るには「かすかな御声」だけが頼りである。復活の主イエスを知ることはそのような出来事である。この世の大きな声に妨げられて神のかすかな御声が聞こえなくなり、不安と恐れにおいて人は、そして男弟子たちは、逃亡する。
*マリアに対しては、主イエスのほうから呼びかけてくださったから、マリアに「主は生きておられる」との新たな希望が生じた。「マリア!」との呼び声は「かすかな御声」だが、「聞きなじみのある声」であったので、マリアには分かった。神は知られざる方でありながら、既になじみある方となっていた主イエスである。知られざる方となじみある方の一致がここに起こった。
*主イエスが人に呼びかけてくださる場面は人生における九死に一生の場面である。ヨハネ11章のラザロの復活物語的に言えば、「(ラザロは)死んだのだ」。死んだが、まだ死んでいない。そういう状態が、ラザロと同様、主イエスの愛を受ける逃亡の弟子たちの状態である。主イエスは弟子たちを極みまで愛しておられた。だから、彼らに復活のご自身を現わされる。「この病いは死に終わるものではない」とラザロを愛して言われたように、男弟子たちには「ガリラヤで会おう」との愛のメッセージを伝えられた。ラザロの復活と弟子たちの復活が重なる。そこで、マタイが伝える「もう一人のマリア」は、ラザロの姉妹マリアではなかっただろうか。ラザロともう一人のマリア、弟子たちとマグダラのマリアは対応関係にある。全てにおいて、復活の主イエスの呼びかけによって新しい事が始まった。 |
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