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「みことばの宅配便」 Daily Manna
あなたの御言葉は、わたしの道の光 わたしの歩みを照らす灯。詩篇119:105
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「主は右にいます」
:≪今日の聖句≫:賛美頌:詩編16(旧845)から :詩16:8
「私は絶えず主に相対しています。主は右にいまし、私は揺らぐことがありません。」
*「私は絶えず主に相対しています。主は右にいまし、私は揺らぐことがありません。」 主の復活後、この聖句は正真正銘のものとなりました。主は常に私と共にいます。私の右にいます。私の内に、私と共におられます。だから、私は揺らぐことがありません。
*「生きているのはもはや私ではなく、主が私の内に生きておられる。」パウロのこの言葉は復活の主の臨在なしには言えない言葉です。私の行いの全てにおいて、主がなされている。私が笑い、私が泣き、私が喜び、私が怒る。しかし復活の信仰においては、同時に、主が笑い、主が泣き、主が喜び、主が怒っておられる。それほどまでに、主と私は主の復活以後、親しくされている。主と我は一つに合わさって混然一体である。
*今は亡きI姉が「私の右肩にイエス様がおられます」と、右後方を指差しながら仰いました。その方は一人で家業を引き継ぎ、重責を担っておられた、いわゆるやり手の経営者でした。年商が億単位の仕事をなさっておられました。その方の迅速適格な判断にはいつも敬服していました。半面、家庭的な苦悩も背負っておられました。私たちは毎月そのお宅で持たせていただいていた家庭集会である時、「私の右肩に主がおられる」と言われる時、今思えば、復活の主が共におられたのだなとあらためて感慨深く想い起こされます。
*「私は絶えず主に相対しています。主は右にいまし、私は揺らぐことがありません。」私たちの業は「私」の業ではなく、主が為さっている業です。私の祈り、私の善行、私のささげもの、私の言葉、すべては私の内にあって私の右におられる主の業です。 |
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◇「みことばの宅配便」は、御国への巡礼を共に歩む神の民に
主日聖句から日ごとの糧を分かつ祭司の務めとして発行されています。
月曜日:≪第一日課≫、火曜日:≪賛美頌≫、水曜日:≪ニケヤ信条解説≫、木曜日:
≪第二日課≫、金曜日:≪福音書日課≫、
日曜日:≪主日説教≫(三原教会・福山教会ホームページhttp://www.mcat.ne.jp/~
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