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「みことばの宅配便」 Daily Manna
あなたの御言葉は、わたしの道の光 わたしの歩みを照らす灯。詩篇119:105
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:≪今日の聖句≫使徒2:42「 彼らは、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった。」
「使徒たちの教会」
*使徒言行録2章は、ペンテコステの出来事に始まり、ペトロの復活説教を経て、使徒たちの教会の有様を描いて終結する。使徒たちの教会の有様は復活の説教によって創造された教会の姿である。復活の主が共におられる時、ニケヤ信条が言う「使徒的教会」が姿を現わした。それは終末の先取りであり、終末に向かう教会の希望でもある。
*その教会は四つの事に熱心な教会であった。@使徒たちの教え:A相互の交わり:Bパン裂き:C祈ること:それらが混然一体として使徒たちを中心に求心力を持った共同体であった。教会のあるべき姿が範例としてここに示されている。
*今日、教会が混迷し、世に対する発信力を欠いているなら、教会が再生されるべきポイントが初めから示されている。「初心に帰れ」が時代精神となった「ルネッサンス」。混迷の時代において人間はおのずと初めを想い起こす。500年前の宗教改革の時代にも既に、時代の閉塞を打ち破るべく、多分野にわたって古代の知恵を学び直そうとする機運が続いていた。その一環として、ルターを始めとする宗教改革者たちの運動もある。教会が教会の始めの時を想い起こす事も一つのルネッサンスであった。「使徒的教会」への関心の深まりである。当時、教会がおかしいぞと思う思いは蔓延していたが、それを打ち破る決定力が欠けていた。そこに古代へのルネッサンスがあり、最終的な決定力は≪みことば≫への回帰であった。ルターは聖書を母国語にドイツの人々が誰しも親しめてしかも聖書的洞察をたがえない翻訳を見事にやってのけた。
*初代の使徒的教会の範例は終末に至るまで範例であり続け、私たち現代を生きる教会の希望となる。「私は使徒的教会を信じます」の信仰告白は終末に至るまでの教会の一貫性を信じることである。 |
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主日聖句から日ごとの糧を分かつ祭司の務めとして発行されています。
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