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「みことばの宅配便」 Daily Manna
あなたの御言葉は、わたしの道の光 わたしの歩みを照らす灯。詩篇119:105
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「世の光」
:≪福音書日課≫ヨハネ9:1-41(新184)
:≪今日の聖句≫ヨハネ9:5 「わたしは、世にいる間、世の光である。」
・「ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか。」この問いは人類にとってのビッグ・クエッションである。それを越えるに、因果応報論が今なお支配的である。それはイエス時代のイスラエルにおいても同様であった。それを乗り越える別の選択肢が出現しない限り、人間はその虜に囚われたままである。
・神からもたらされた別の選択肢。主は言われた。「神の業がこの人に現れるためである 」と。イエスの言われる「神の業」が「この人に現れる」のは、イエス・キリストの復活以後である。それによって、人間もイエス・キリストと共に、死から命へと復活する。闇から光が差し込む人生へと変容する。「この人」に「光」が現れる。キリストの復活によって人間の人生という人生が皆、光の中を行く人生へと変えられる。
・「わたしは、世にいる間、世の光である。」しかし、キリストは世の終わりまで世に生きる「世の光」である。この光は魂の闇を直接照らす。魂が変革されない限り、人は光の中を行くことは出来ないからである。私たちは外なる世界に目を奪われないで魂に集中し、魂が神からの光に与かれるように、魂への神からの言葉を受けねばならない。でなければ、いつまでも外の世界の仮象に騙され続ける。形あるものは過ぎ去る。私たちを生かすのは霊である。霊は神からの呼びかける言葉によって生きるものとなる。 |
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◇「みことばの宅配便」は、御国への巡礼を共に歩む神の民に
主日聖句から日ごとの糧を分かつ祭司の務めとして発行されています。
月曜日:≪第一日課≫、火曜日:≪賛美頌≫、水曜日:≪ニケヤ信条解説≫、木曜日:
≪第二日課≫、金曜日:≪福音書日課≫、
日曜日:≪主日説教≫(三原教会・福山教会ホームページhttp://www.mcat.ne.jp/~
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