使徒信条解説


19:我はそのひとり子、我らの主イエス・キリストを信ずL


「三日目に」

・あえてなされた「三日目に」の挿入はなぜか?「三日目に、ガリラヤのカナで
婚礼があって・・・」(ヨハネ2:1 )。ヨハネ福音書の本論が始まる2章の冒頭
において、「三日目に」が現れる。ヨハネはそれを復活の象徴として表してい
る。ヨハネ伝にかぎらず福音書はどれ もみな「復活」を表わすために書かれた
ものである。復活はその観点からしてはじめてイエス・キリストの全ての業が理
解できる視点である。

・「三日目」:十字架に付けられた暗黒の日・闇の勝利のように見える日を第一
日として、二日目は墓の中での終わりの日・休息の日である。創世記天 地創造
の終わりの日のように、神は全てのことをなし終えて休まれた。それは新たな出
発、再生のための休息である。そして三日目の日の朝早く、主は 墓から・死人
の中から復活されて、新しい世界が開始される。

・「三日目に」という言葉に出会ったら、それは復活の事を言っていることに敏
感に反応しなければならない。事態は十字架から一気に復活へと転回す る。闇
から光へ、死から命へと。それを為すのは神である。神の独占的な力によって新
しい世界が開かれる。私たちはそれを暁目して驚き見るのであ る。




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