
「みことばの宅配便」 Daily Manna
あなたの御言葉は、わたしの道の光 わたしの歩みを照らす灯。詩篇119:105
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「罪に定められることのない人生」
*≪今日の聖句≫詩34:23
「主はその僕の魂を贖ってくださる。主を避けどころとする人は罪に定められることがない。」
・「主を避けどころとする人は/罪に定められることがない。」をパウロはローマ8章のクライマックス部分で引用している。「罪に定められる」人間は、闇の運命の下に置かれる。それに対して、主を避け所とする者は罪に定められることなく、揺るがなく光の内を歩む。魂の救いを得ているからである。主の守りが常にその人にはある。詩人は「主の使いはその周りに陣を敷き/主を畏れる人を守り助けてくださった。」と表現する。
・パウロはローマ書のクライマックス8:1からにおいて、「今や、キリスト・イエスに結ばれている者は、罪に定められることがない。キリスト・イエスによって命をもたらす霊の法則が、罪と死との法則からあなたを解放したからである」と、いよいよ、キリスト・イエスによる救いの業を賛美しているが、それは旧約の詩人の確信がイエス・キリストにおいて明確になったことを言い表して賛美するものである。
・「罪に定められる」とは自分独りで浮草のごとく漂い、それ故また、闇の中をさまようことであり、それからの解放によって確かな人生を歩むためには、旧約の詩人が言う「主を避け処とする」ことが一番である。それをパウロは、具体的に、「キリスト・イエスに結ばれ」ることによって、私たちは神を避け処とすることが出来ると明確に伝えている。神からの人、まことの神にしてまことの人であるイエス・キリストが、神と人との仲保者であるが故に、私たちはしっかりと神の守りの中に入れられている。
・「主はその僕の魂を贖ってくださる」。イエス・キリストとの交わりは、命の再創造である。命が立ち起こる所、罪と死は消え失せる。闇の中で効力を発揮する罪と死の力は光には耐え得ない。キリスト・イエスという御名は、神の恵みの御名、命の法則であり、我らを罪と死から解放する法則である。神の子との交わりは私たちを神の子とするところの神の義である。パウロの福音説教はこの点を巡って繰り返し繰り出される。 |
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