「みことばの宅配便」 Daily Manna

あなたの御言葉は、わたしの道の光 わたしの歩みを照らす灯。詩篇119:105

2014年05月19日
: ≪賛美頌≫:詩編31:2-6,16-17(旧861):≪今日の聖句≫詩31:2「主よ、恵みの御業によってわたしを助けてください。」

「神の義」

*ルター研究所ニュース62の記事の一つに土門多実子氏の訳されたルター訳詩編の翻訳:『主よ、私の祈りを聞いてください』の増刷にちなんで、ルターの詩編31篇についての鈴木氏の記述がある。「(この書は)詩編の抜粋訳であるが、『神の義』の新しい理解のきっかけとなった詩編31篇は当然入っており、ルターがつまずいたあの箇所は、『あなたの義によってわたしを解放してください』という本来の読み方に戻っている(詳しくは、徳善先生の『マルティン・ルター』32頁以下参照)」。

*「あの箇所」とは、新共同の詩31:2で「恵みの御業によってわたしを助けてください」となっている箇所である。ルター当時のブルガタ訳でもおそらくそうなっていたのであろう。しかし原典訳はルターが訳したように「神の義」である。それを発見した時、ルターはローマ1:17 「福音には、神の義が啓示されています」に示されている「神の義」の新しい理解を得るきっかけを得た。それ以前、ルターは中世の教会の教えに従って、「神の義」を義人を祝福し、罪びとを裁く神の義しさと理解していた。それで、彼の魂はいつも罪の重荷に打ちひしがれていた。その「神の義」は彼の思っていた理解とは真反対で、罪びとを赦す恵み、神の栄光のため罪びとを義とする神の義であると理解できたとき、彼の魂は感動に震え、魂の底から喜びが湧きあふれてきて、「神の義」の啓示に聖書のすばらしさをとらえることができた。宗教改革的転回がなされた有名な個所である。

*詩31:2の「恵みの御業」とローマ1:17が「神の義」を橋渡しにして「恵みの御業」として結びついたのである。「神の義」は私たちが罪びとを裁く聖なる神の裁きに耐えうるような「良い業」をもって答えるべき審判の義ではなく、何の功績もないのに、全くの恵みによって、無償で、私たちを善しとしてくださる「恵みの御業」としての「神の義」であることを、この詩編31篇を通して確信することができた。この確信は、宗教改革的三大原理となった「恵みのみ」の誕生の瞬間であった。

◇「みことばの宅配便」は、御国への巡礼を共に歩む神の民に
主日聖句から日ごとの糧を分かつ祭司の務めとして発行されています。

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